ラルフローレン子供服はなぜあんなに可愛くて大人気なの?
ラルフローレンの代表的な服と言えば「ポロシャツ」(Polo)ではないでしょうか。今ポロといえばラルフローレンを連想する人も多いと思います。
このポロシャツですが、名前は「ポロ競技」(馬に乗り、T字型のスティックで木製のボールを 相手ゴールに入れる競技)で着られたことに由来します。しかし、これはやはり競技者のポロシャツであって、一般に普及していたわけではありません。一般に普及したのは、1920年代後半に「ルネ・ラコステ」というテニスプレイヤーがよりテニスの競技に適した服を開発し、試合で着用したことからと言われているようです。やはりいつの時代もスーパースターはファッションアイコンとして憧れの的だったことが分かるエピソードですね。
実はこの時点ではまだこのシャツは「ポロシャツ」とは呼ばれておらず、「テニスシャツ」などと呼ばれていました。ポロから発祥したシャツなのに、テニスシャツだなんてちょっとおかしい感じがしますね。
ちなみに、テニスプレイヤー「ルネ・ラコステ」は、あの有名ブランド「ラコステ」の創業者なのです!!ラコステといえば言わずと知れたワニをモチーフにしたファッションブランドですね。一流スポーツ選手が若くして引退し、4年間の雌伏を経て創業、事業を瞬く間に成長させていく姿は想像するだにワクワクしてきます。
ちなみにラルフローレンでポロシャツが発売されたのはラコステに遅れること40年の1972年。今やポロシャツと言えばラルフローレンと言えるほど普及しており、ラコステのポロシャツと双璧をなしていると言って差し支えないブランドにまで成長ているのです。
ラルフローレンは、ブランド名でありデザイナーの名前なのです。
Junko Koshinoなど、デザイナーの名前がそのままブランド名になることは珍しくないようですね。
デザイナーであるラルフローレンは、大学中退後ブルックス・ブラザースにネクタイを売り込み、
彼のアイデアである幅広のネクタイが大ヒット。これまでは幅広ネクタイは無かったようですね。
現在では幅の狭いネクタイが主流ですが、これも時代でしょうか。
ともかく、これをきっかけに彼はデザイナーとしての道を歩み始めます。
1967年にはボー・フランメル社に迎えられ、「ポロ」のブランド名で本格的に高級な手作りネクタイの部門を担当します。彼のデザインセンスが他組織でも認められていたことが明確に伺えます。翌年の1968年に、メンズ系のウェアを手がける「ポロ・ラルフローレン」社を設立し独立しました。1970年メンズウェア部門でコティ賞受賞。この章は当時のアメリカファッション業界で権威あるものであり、ラルフローレンの名を一躍有名にしました。
いまや大人気子供服のラルフローレンですが、子供服の販売がスタートしたのは1978年から。実に独立から10年もたっているのです。これに関しては、ある有名なエピソードがあります(下記)。
ある日、二人の息子のために買い物に出かけたラルフローレンの妻(ラルフローレンの妻、ってなんか違和感がありますね 笑)が帰ってきてこう言った。 「100%コットンの男の子用のシャツが見つからないの」。 販売されているシャツはどれもポリエステル製で、満足できる品質のものではなかった。もちろん、品質だけでなく、デザインとしてもラルフローレン本人は納得がいっていなかったことであろう。そこでラルフローレンは、男の子用の服を作り始めた。彼が作るものは、すべて彼の人生の反映なのである。こうしてラルフローレン子供服は生まれたのだ。
その後、ボーイズに加え、ガールズ、ベビー服(インファント及びレイエット)の各製品ラインに拡大されていき、現在に至ります。現在では日本だけでも数十店舗を構え、世界中で知らない人はいないくらいの一流ブランドとして成長。ビッグビジネスを手がける大企業へと変貌を遂げたが、始まりはネクタイをデザインした数人の事業でしかなかった。また、独立から50年経たずしてここまでの成長を実現したのは彼のビジネスセンスによるところも大きいのではないかと思うのは私だけでしょうか。